『解放新聞広島県版』2006年8月16日 第1832号



核も戦争もない平和な21世紀に!

被爆61周年原水爆禁止世界大会・広島大会





「核も戦争もない平和な21世紀に!」をテーマに
被爆61周年原水爆禁止世界大会・広島大会が
8月4日から6日の3日間の日程で開かれた。




 4日、平和公園に結集した参加者は広島県立体育館まで折り鶴平和行進を行い、県連も川崎委員長を先頭に行進した。開会総会は、連合、原水禁、核禁会議の3団体の主催での集会となり、全国から6600人が参加して「核兵器廃絶 2006平和ヒロシマ集会」が開かれた。開会の後、全国から折り鶴が献納され、全員で黙祷した。

主催者を代表して高木剛・連合会長が「世界平和は人類共存の原理。平和が来るまでともに頑張ろう」とあいさつした。藤田雄山・広島県知事、秋葉忠利・広島市長、ティアム・ヌーナン・国際自由労連局長があいさつをおこなった後、被爆者からの訴えでは、坪井直・県被団協理事長が「あの日は今日と同じように暑い日だった。当時20才であった私は、爆心地から一キロの地点で被爆した。全身火傷を負い、背中のシャツが燃えているのも気づかず逃げ惑った。40日間も意識不明が続き、8月15日の終戦も知らなかった。畳の上を這って歩けようになったのはその1年後だった。その後入退院を10回も繰り返し、その内3回は危篤状態にまでなった。今日、原爆症認定の集団訴訟で全面勝訴した。このことは核兵器廃絶への大きな力となっていくだろう。過去の怨み、苦しみはたくさんあるが、その中で生きるのではなく学ぶものだ。核兵器廃絶、戦争のない平和な世界をつくっていこう」と訴えた。

その後「原爆症認定集団訴訟に国は控訴をするな」との緊急アピール、「世界の核兵器廃絶と平和実現に向け、一層の運動を展開していく」ヒロシマアピールを採択し、全員で「原爆許すまじ」を歌い閉会した。

 2日目は、「平和と軍縮」「ヒバクを許さないつどい」などの分科会、ひろばが開かれた。3日目はまとめ集会をおこない、広島大会を終えた。