『解放新聞広島県版』2006年10月 4日  第1839号


「日の丸・君が代」強制は
         教基法が禁じた「不当な支配」

              広島県高等学校教職員組合執行委員長  秋光 民恵


 1.判決の意味について

 2006年9月21日に東京地方裁判所において、学校における「日の丸・君が代」強制に対する画期的な判決が出された。それは、「君が代」斉唱時の不起立等を理由として出されている懲戒処分が、憲法第19条に違反しているとするものである。従来懲戒処分は地方公務員法第32条「上司の職務上の命令に忠実に従わなければならない」と第33条「職員の信用失墜行為の禁止」とに違反していることを根拠に上げている。従って人事委員会や裁判所における、懲戒処分取消し請求事件では、大部分は職務命令がどういう手続きで出されているか、懲戒処分が不起立行為に対して相当であるか等をもとに判断をしている。

 しかし「君が代」斉唱時に不起立をすることで、不服従の姿勢を表している教職員にとって、強制が憲法第19条で保障されている「思想及び良心の自由」を侵害し、職務命令そのものが不当であるとの思いを強く抱いているため、今までの司法判断では思いが受け止められていないと考えていた。それを東京地方裁判所の判決では正面から司法判断をおこなったのである。



 2. 判決内容について

 提訴は国歌斉唱義務不存在確認等を請求するものであり、その内容は既に科せられている処分への判断と、今後生じるであろう処分を予防しようとして判断を求めている。
 
 主文は過去の処分に対して次のように述べている。

1.原告らが勤務する学校の入学式、卒業式等の式典会場において、
  会場の指定された席で国旗に向かって起立し、
  国歌を斉唱する義務のないことを確認する。

2.原告らに対し、本件通達に基づく校長の職務命令に基づき、
  上告原告らが勤務する学校の入学式、卒業式等の式典会場において、
  会場の指定された席で国旗に向かって起立しないこと及び国歌を斉唱しないことを理由として、
  いかなる処分もしてはならない。

3.本件通達に基づく校長の職務命令に基づき、
  上告原告らが勤務する学校の入学式、卒業式等の式典の国歌斉唱の際に、
  ピアノ伴奏義務のないことを確認する。

4.本件通達に基づく校長の職務命令に基づき、
  上記原告らが勤務する学校の入学式、卒業式等の式典の国歌斉唱の際に、
  ピアノ伴奏をしないことを理由として、いかなる処分もしてはならない。

 5.被告都は、原告らに対し、
   各3万円及びこれに対する平成15年10月23日から支払済みまで年5%の割合による金員を支払え。

主文ではないが、今後起こり得る処分に対しても、次のような判断を示している。

「公的義務の不存在確認請求」及び「予防的不作為請求と呼ばれる訴訟類型」に対して、現行訴訟制度が「具体的・現実的な紛争の解決を目的」としており、「義務違反の結果として将来何らかの不利益処分を受けるおそれがあるというだけでは、事前に上記義務の存否の確定、これに基づく処分の発動の差止めを求めることが当然のものとして許されているわけではない」

としている。

 しかし、「事後的に義務の存否、処分の適否を争ったのでは回復し難い重大な損害を被るおそれがあるなど、事前の救済を認めなければ著しく不相当となる特段の事情がある場合には、紛争の成熟性が認められるから、あらかじめ上記のような義務の存否の確定、これに基づく処分の発動の差止めを求める法律上の利益を認めることができるものと解するものが相当である」とする1972年の最高裁判例を引いている。
 
 そして、この事案では、都知事、都教委教育長、都教委教育委員らが、

「依然として教職員が入学式、卒業式等の式典において国歌斉唱時に起立しないこと、ピアノ伴奏をしないことは、
教職員としてあるまじき行為であり、懲戒処分を受けて当然との認識を有している」。

さらに

「同職務命令を拒否した場合に上記のとおり懲戒処分を受け、再発防止研修の受講を命じられること、定年退職後に再雇用を希望しても拒否されることはいずれも確実であると推認することができる」。従って「思想・良心の自由等の精神的自由権にかかわる権利」を「そもそも事後的救済には馴染みにくい権利」とし、その権利侵害が回数を重ねて重い懲戒処分となれば、「重大な損害を生ずるおそれがあると認めるのが相当」

としている。
 
 これによって、予防的にも「公的義務」が不存在であることを確認している。この判断は、過去の懲戒処分理由にそもそも「斉唱、ピアノ伴奏」の義務がなかったことを示すとともに、将来起こり得る処分に対しても処分を禁じたのである。


● 3.判決の判断根拠について

1.「我が国において、日の丸、君が代は、明治時代以降、第二次世界大戦終了までの間、皇国思想や軍国主義思想の精神的支柱として用いられてきたことがあることは否定しがたい歴史的事実であり、国旗・国歌法により、日の丸・君が代が国旗・国歌と規定された現在においても、なお国民の間で宗教的、政治的にみて日の丸・君が代が価値中立的なものと認められるまでには至っていない状況にあることが認められる。このため、国民の間には、公立学校の入学式、卒業式等の式典において、国旗掲揚、国歌斉唱をすることに反対するものも少なからずおり、このような世界観、主義、主張を持つ者の思想・良心の自由も、他方の権利を侵害するなど公共の福祉に反しない限り、憲法上、保護に値する権利というべきである」

2.「学習指導要領の法的効力」について

「学習指導要領は、原則として法規としての性質を有するものと解するのが相当」としながらも、「教育における機会均等の確保と全国的な一定の水準の維持という目的のために必要かつ合理的と認められる大綱的な基準に止めるべきものと解するのが相当である」としている。従って、「学習指導要領の個別の条項が、上記大綱的基準を逸脱し、内容的にも教職員に対し一方的な一定の理論や観念を生徒に教え込むことを強制するようなものである場合には、教育基本法10条1項所定の不当な支配に該当するものとして、法規としての性質を否定するのが相当である」(1976年最高裁判決)学習指導要領では、「入学式や卒業式などにおいては、その意義を踏まえ、国旗を掲揚するとともに、国歌を斉唱するよう指導するものとする」と規定されている。「それ以上に国旗、国歌についてどのような教育をするかについてまでは定めていない」のだから、「教職員に対し、国旗、国歌について一方的な一定の理論を生徒に教え込むことを強制するものとはいえない」従って、学習指導要領を根拠として、「教職員に対し、入学式・卒業式等の式典において国歌斉唱の際に国旗に向かって起立し、国歌を斉唱する義務、ピアノ伴奏をする義務を負わせているものであると解することは困難である」

3.「国旗・国歌法」との関連について

 「同法の立法過程においても、政府関係者によって、同法が国民生活殊に国旗・国歌の指導にかかわる教職員の職務上の責務に何ら変更を加えるものではないとの説明がされていたことが認められ、同法が教職員に対し、国旗掲揚及び国歌斉唱の義務を課したものと解することはできない。そうだとすると、本件通達及びこれに関する被告都教委の一連の指導等は、国旗・国歌法の立法趣旨にも反した、行き過ぎた指導といわざるを得ない」


● 4. 私たちがすべきこと

 この画期的判決は、「日の丸・君が代」強制を強行してきた側にとっては、到底受け入れ難いものである。そのため司法の独立を侵害してまでも、一審判決を覆すキャンペーンを行うだろう。従ってこの判決の内容を私たちが守れるかどうかは、私たちが強制の不当性を強く訴え続け、多くの人の共感を得る運動を構築することにかかっている。

 広高教組は現在42名を原告として、「君が代」斉唱時の不起立を理由とする懲戒処分取消請求事件を広島地裁でたたかっている。その裁判で東京地裁判決が真摯に受け止められることを願っている。そして不起立によって戦争に向かっていく教育への不服従を表した教職員の願いが、改めて学校での教育内容として、客観的に実践されることを期待している。