『解放新聞広島県版』 2007年2月14日 ―第1857号
「煩悩即菩提」で備後教区が提起
煩悩論さらに深まる方向へ
第56回同朋三者懇話会
第56回同朋三者懇話会が2月2日、尾道市人権文化センターでおこなわれた。
今回は、備後教区が「煩悩論―煩悩即菩提について」と題して提起。
県連が煩悩を動的にとらえる観点から、
「特に煩悩成就には肯定的(人間が変わることのモーメント)な意味があるのでは」と提起したことに対し
備後教区は、当初は県連と同様の理解を示していたものの
「(親鸞聖人の)用例からはそうは言えず」「モーメントの表現は発見できない」と報告した一方で
「それはモーメントがないことではまったくない」とも述べた。
これに対し、小森県連顧問は、
1. 煩悩をもつ人間がどの点で一念発起するのか。
一念発起する直前、直後を煩悩成就と想定しているがその点はどうか
2. 最終的に煩悩をもつ人間が何をモーメントとして変わるのか、その説明が必要
3. 煩悩具足という大きな概念の中に具足、熾盛、成就の3段階をみることができるのではないか
4. 親鸞聖人の言葉の中から変化の相をみなければならない
―と問題を投げかけ、最後に「人間は他力によって動いているが、他力は自利利他に反する今の人間をつくっている。仏の本願から見れば微塵的人間と言わざるをえない。その主体=その自覚とは何かを深めなければならない、とまとめた。
次回は、6月18日、福山市の備後教区で、安芸・備後両教区が小森顧問の問いに応える形で提起する。