『解放新聞広島県版』 2007年6月27日 第1876号


                             

煩悩論で活発な議論

  次回は県連が報告

                       第57回同朋三者懇話会 

 第57回同朋三者懇話会が6月18日、福山市・本願寺備後会館でおこなわれた。

 テーマは「煩悩論」で、県連が「煩悩具足」「煩悩熾盛」「煩悩成就」は同一ではなく、煩悩がさまざまな縁との関係性で展開される変化の相。また「煩悩成就」には人間の主体的ありようとの関係で肯定的な意味があるのでは―と提起しているのに対し、再度、安芸教区がそれに応える形で報告をおこなった。

 報告では、三者懇の代表世話人の一人でもある安芸教区の沖和史さん(種智院大教授)が『阿毘達磨倶舎論』『成唯識論』の中では「煩悩具足は煩悩成就の意と解釈できる」と資料をもとに説明し「文献上の用例からは、具足、熾盛、成就は同義語」だとする安芸教区のこれまでの主張を補完。県連側は「提示された文献をよく研究してみたい」と答えた。

 論議では、@宗祖の文言をベースにし、動的、主体的に考え、行動していくことが重要A「人間は本来清浄な身」としている和讃の言葉「煩悩具足」をどう理解するかB「阿弥陀さんに救われる、お任せする」ということがよく言われるが阿弥陀さんとは何か、救われる、お任せするとはどのような意味になるのか。今を生きる者にわかるように布教すべきC大宇宙、自然の法則と人間が一定、到達した位置関係性をどう理解するかが重要で、それと煩悩が深くかかわっている―など多岐にわたる意見が活発に出された。

 次回は10月1日、午後1時から広島別院でおこない県連が親鸞聖人の人間観に思いをめぐらした上で、煩悩、他力の信心、主体などについて報告する。