『解放新聞広島県版』 2007年8月1日 ―第1881号
被爆体験の継承を
下原隆資さんを招いて
県被爆二世連絡協議会学習会
広島県被爆二世連絡協議会(政平智春会長)は、被爆体験の継承をするため、被爆者を招いて、学習会を開催した。
学習会は、親の被爆体験を継承することに加え、広島で20万人以上といわれる個個の被爆者から、それぞれの体験を継承することによって、さらに反核の意識を高めることを目的として開催したもの。
学習会に講師として招いたのは、江田島市在住の下原隆資さんで、下原さんは、旧制中学校のとき、学校で被爆された。
開会に先立ち、政平会長は「下原さんの被爆体験とともに、被爆後の生き方に深く学びたい」とあいさつ。
下原さんは、海軍へ入りたかったが、船員として広く海外を見て知っていた父親から、「日本は必ず戦争に負ける。軍隊だけは行くな」と反対され、中学校への進学を選んだこと。その中で広島の旧制二中(現観音高校)へ進学し、そこで被爆したことを話した。
被爆直後、今でも自分が生きていることが不思議であることを、体験を通して話した。
また、被爆後、ABCC(現放射線影響研究所)のアメリカのモルモットにされ、それがいやで学校に迎えが来ても逃げ出したことなど、自らの体験を話した。
被爆後の生き方として、被爆直後、さまざまな差別が渦巻いていたこと。特に、強制連行され、徴用工として働いていた韓国・朝鮮の人びとは、逃げても受け入れる地域がなく、放射能で汚染された市内にとどまり続ける外すべはなく、直接被爆でなくても、多くの人びとが生命を失った現実が報告された。
また、広島市内の部落でも同様のことが発生し、韓国・朝鮮人、部落、障害者がより多く放射能障害で死亡したことなど戦時下の差別の厳しさを報告した。
下原さんは最後に、「被爆二世は、自分で黙っていれば他の人に二世とはわからないはずである。自ら二世と名乗って運動する皆さんに感動を覚えている。核廃絶に向け、ともにがんばりましょう」と講演を結んだ。