狭山新100万人署名 目標を突破
広島県の4万筆も
狭山事件の公正な裁判、事実調べ、再審開始を求める「狭山新100万人署名」は、5月23日に目標を突破した。
狭山事件の再審を求める市民の会(庭山英雄代表)は、3月1日に91万6256筆を東京高裁に提出。その後、5.23集会までの目標達成を呼びかけていた。
3月1日以降の署名数は8万4336筆で合計100万592筆となった。
広島県連も部落解放共闘会議の強力な取り組みなどもあって、目標の4万筆を突破した。
『解放新聞広島県版』 2007年6月6日 ―第1873号
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狭山第3次再審闘争勝利に向け結集を
10.31狭山中央集会 都内でビラ配布も
東京高裁・寺尾不当判決から32年が経った10月31日、再審を求める市民集会が東京・日本教育会館で開かれた。
主催は、狭山事件の再審を求める市民集会実行委員会(庭山英雄代表)で、1200人が参加した。
冒頭、主催者あいさつに立った組坂委員長は、1974年10月31日の公判廷の中で、不当判決が寺尾から出された時の状況を話し、故山上弁護士が「ペテンだ」と叫んだ状況や、寺尾が判決の後、石川さんに対し「無期懲役といっても15年から20年くらいで出られるから・・・」と偽善的に諭したことなどを述べ、第3次再審闘争は、必ず勝利しなければならないと訴えた。
来賓あいさつの後、弁護団報告を中山武敏主任弁護人、中北龍太郎弁護士がおこない、引き続き新しく弁護団に加わった3人の弁護士があいさつをおこなった。
続いて「誤判・冤罪と日弁連の取り組み」として、日本弁護士連合会副会長の木村清志さんが報告をおこなった。
日弁連は、この度狭山事件を冤罪事件として取り組むことを決定しており、狭山集会としては初めて関係者の出席となった。
その後、7人から連帯アピールが行われ、閉会した。
引き続いて、都内のターミナルで街頭宣伝・ビラ配布・署名活動がおこなわれた。広島県連は、中・四国ブロックとともに、東京駅丸ノ内側で街宣、署名、ビラ配布活動をおこなった。
●東京高裁、高検へ要請行動
11月1日、全国から集まった約60人により、東京高裁、東京高検に対する要請行動をおこなった。高裁に対しては、中央本部岸田副委員長を先頭に要請行動がおこなわれた。
各県連や支援団体が要請書を読み上げ、それぞれ担当者に手渡し、最後に副委員長が、「事実調べと、証拠開示を強く求める」と述べ、終了した。
『解放新聞広島県版』2006年11月15日 ― 第1845号 トップへ戻る
狭山事件の再審を求める署名に ご協力を!!
新百万人署名
2006年5月23日、石川一雄さんと弁護団は第3次再審請求を東京高裁に申し立てました。
2005年3月に最高裁によって特別抗告申立棄却決定がなされ、それ以降1年かけての準備の上、総勢23人の弁護団とともに、石川さんを先頭に公正な裁判―事実調べ、再審開始を求めたものです。
狭山事件は、市民の常識から見ても、不可解な部分が多く、専門家に言わせても、「有罪判決」に合理的疑いを抱かせる多数の証拠が明らかとなっているのです。
「無辜(むこ)の救済」という再審制度の理念、
「疑わしきは被告人の利益に」とする刑事裁判の鉄則をまもり、
東京高等裁判所が、鑑定人尋問や現場検証などの事実調べを行い、
狭山事件の再審を開始するよう求める署名に、ご協力ください
署名呼びかけ人(抜粋) 赤川次郎(作家) 永六輔(ラジオタレント) 小田実(作家) 澤地久枝(作家) 灰谷健次郎(作家) |
| 狭山について 語ろう! つながろう! 新100万人署名運動実施中 2007年5月までに100万人の署名を集めて、東京高裁へ! 中間集約を2006年10月におこないます。 署名用紙は、部落解放同盟広島県連合会の各支部・地協にあります。 部落解放同盟中央本部のホームページから、署名用紙をPDFでダウンロードできます。 部落解放同盟中央本部のホームページへ |
狭山事件とは |
1963年5月に埼玉県狭山市で起きた女子高校生殺人事件。
被差別部落が集中的に検挙の対象とされ、冤罪で逮捕された石川一雄さんは、
32年間も獄中生活を余儀なくされました。
仮出獄したあと、67歳を過ぎた今も、全国の仲間とともに、無実を叫び続けています。
| 狭山事件年表 | ||
| 1963 | 5/1 | 女子高生Nさんが自転車で下校途中に不明になる。何者かによって自転車と脅迫状が自宅にとどけられる。(午後7時40分発見) |
| 5/2 | 深夜、脅迫状で指定された身代金受け渡し場所の「佐野屋」周辺に警察が張り込む。犯人があらわれたが逃走し、取り逃がす。 | |
| 5/3 | 山狩り捜査開始。Nさんのものと思われる自転車の荷台の“ゴムひも”が発見さえる。 | |
| 5/4 | Nさんの死体発見。警察庁長官辞表提出。 | |
| 5/11 | “スコップ”が麦畑から発見される。警察が「死体埋没に使用されたもので、I養豚場のもの」と発表。(Iさんへの確認は5月20日) | |
| 5/23 | 石川一雄さん(当時24歳)が別件で逮捕される。第1回家宅捜索。(2時間17分、刑事12人) | |
| 6/17 | 石川さんを保釈直後に再逮捕。身柄を狭山署から川越署分室に移送。 | |
| 6/18 | 第2回家宅捜索(2時間8分、刑事14人) | |
| 6/20 | 石川さん自白をはじめる(3人共犯自白) | |
| 6/23 | 石川さん単独犯行自白。 | |
| 6/26 |
第3回家宅捜索(24分、刑事3人)第1回、第2回の家宅捜査で発見されなかった“被害者の万年筆”が台所の鴨居(カモイ)から発見される。 |
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| 7/2 | “被害者の腕時計”が捜査済みの道路から発見される。 | |
| 7/9 | 石川さん、Nさん殺しで浦和地検に起訴される。 | |
| 9/4 | 第1審第1回公判(浦和地裁)。石川さん起訴事実を認める。 | |
| 1964 | 3/11 | 第1審浦和地裁、石川さんに死刑判決を言い渡す。 |
| 3/12 | 石川さん、東京高裁に控訴。 | |
| 9/10 | 第2審第1回公判(東京高裁)。石川さん、Nさん殺害を否認、無実を訴える。 | |
| 1974 | 10/31 |
第2審東京高等裁判所、無期懲役の判決を言い渡す(寺尾判決)。石川さん・弁護団、最高裁判所へ即日上告。 |
| 1977 | 8/9 | 最高裁判所(第2小法廷)、口頭弁論もおこなわずに上告棄却の決定。 |
| 8/30 | 石川さん・弁護団、東京高等裁判所へ第1次再審請求を申し立て。 | |
| 1980 | 2/7 | 東京高等裁判所、再審請求棄却の決定。 |
| 2/12 | 東京高等裁判所へ異議申し立てをおこなう。 | |
| 1981 | 3/25 | 東京高等裁判所、事実調べを一切おこなわず、異議申し立てを棄却。 |
| 3/30 | 石川さん・弁護団、最高裁判所へ特別抗告 | |
| 1985 | 5/28 | 最高裁判所第2小法廷、第1次再審請求の特別抗告を棄却。 |
| 1986 | 8/21 | 東京高等裁判所第4刑事部へ第2次再審請求(小名木さんの新供述、筆跡鑑定など提出) |
| 11/12 | 家宅捜索にかかわる元刑事7人の新証言(鴨居に万年筆はなかった)。 | |
| 1988 | 9/2 | 東京高検が芋穴のルミノール反応検査報告書を証拠開示。(芋穴に血痕反応はなかった)その他の証拠は開示を拒否。 |
| 1992 | 7/7 | 第1回家宅捜査をおこなったD元刑事が「カモイに万年筆はなかった」と証言(鴨居は捜索済みだった)。 |
| 1994 | 12/21 | 石川さん、仮出獄によって31年7ヶ月ぶりに狭山にもどる。 |
| 1998 | 11/6 | 国連の自由権規約委員会が最終見解で日本政府に「弁護側がすべての証拠にアクセスできるよう法律および実務を改めること」を勧告。 |
| 1999 | 7/8 | 東京高裁第四刑事部・高木裁判長が再審請求棄却決定 |
| 7/12 |
東京高裁に異議申立(東京高裁第五刑事部・高橋省吾裁判長) |
|
| 2002 | 1/23 | 東京高裁第5刑事部・高橋裁判長が異議申立棄却決定 |
| 1/29 | 最高裁に特別抗告申立 | |
| 10/31 | 最高裁に特別抗告申立補充書を提出 | |
| 2003 | 5/23 | 不当逮捕40ヵ年糾弾中央集会 |
| 9/30 | 最高裁に齋藤第5鑑定などの新証拠と補充書を提出。 | |
| 11/12 | 齋藤第5鑑定補遺と補充書を提出。 | |
| 11/26 | 最高検の有田検事と証拠開示交渉。証拠リスト開示を拒否。 | |
| 2004 | 3/23 | 特別抗告申立補充書を提出。調査官と面会。 |
| 8/ | 最高裁に公正裁判ー事実調べを求める100万人署名スタート。 | |
| 10/29 | 特別抗告申立補充書、新証拠を提出。調査官と面会。 | |
| 2005 | 3/16 | 最高裁第1小法廷(島田仁郎裁判長)が特別抗告申立棄却決定 |
| 2006 | 5/23 | 東京高裁に第3次再審請求 |
「かもい上の捜索漏れはありえない」
「元警察官による報告書」など提出
狭山第3次再審請求広島県報告集会
狭山第3次再審請求報告集会が5月28日、三原市人権文化センターで開かれ、県内の同盟員、共闘関係者ら約200人が参加した。主催は部落解放県共闘会議と部落解放同盟県連。
5月23日に狭山再審弁護団が東京高裁に狭山事件の第3次再審請求書を提出したことを受けて、その内容を学習し、今後の地域での狭山再審闘争を強化していくために開かれたもの。
集会では「狭山第3次再審請求申立の概要」というテーマで中央狭山闘争本部事務局の安田聡さんが講演した。
安田さんは第3次再審請求で出した新証拠について解説。その一つである「元警察官による捜索に関わる報告書」については、「石川さん宅から発見・押収され有罪証拠とされた万年筆の押収経過には疑問があり、自白の信用性を担保する『秘密の暴露』があるとは言えないことを立証する新証拠」と説明。
報告者は各警察署、県警本部で15年6ヶ月捜査に従事した元警察官。県警察学校の教官を4年務め、外勤などを6年6ヶ月勤めたベテラン刑事。報告書では、かもい、天井裏などは念入りに捜索するように教えられていることを説明。石川さん宅の捜索の記録・写真から第1回捜索では脚立が使用され、第2回捜索では神棚とその付近の高所を捜索しており、「かもい上を真下から眺めたとか、背が低いから見えないものであるとかというようなことは、捜索活動において問題にされるべき点ではない(第2再審棄却決定の主張は根拠がない)。捜査員において証拠物が隠匿されやすいかもいの上などが捜索から漏れていたとは考えられない」としていると安田さんは説明した。
また、狭山事件の唯一確実な証拠である脅迫状は、筆跡、筆記能力の違いから石川さんが書いたものではないことを明らかにした半沢第1・第2鑑定書などについても解説。
最後に、今後の闘いの方向について
〔1〕事実調べ(鑑定人尋問、現場検証)を勝ち取る
〔2〕証拠開示を勝ち取る
〔3〕新100万人署名に幅広く取り組む
――ことなどを訴えた。
『解放新聞広島県版』2006年6月7日−第1822号 トップへ戻る
石川一雄さんのメッセージ 2007年 5月23日
石川一雄さんのメッセージ 2006年10月31日
石川一雄さんのメッセージ 2006年5月23日
石川一雄さんのメッセージ 2006年1月1日
狭山第2次再審請求棄却の意義申立棄却決定に断固抗議する! 2002年1月26日
東京高裁第五刑事部の異議申立棄却決定の暴挙に断固抗議する! 2002年1月24日