主張 部落解放運動のために(7)


 今日の部落解放運動の停滞、閉塞感をどう克服していくかを、数回にわたって論じてきた。

 つづまるところは、部落解放運動という人間にとってきわめて大事なことを実現していく方法論に、過ちがあるか、足らざるところがあるからに他ならない。1970年代から高揚してきた部落解放同盟の方針に従ってやればよかったわけであるが、小選挙区比例代表並立制という総保守化体制の到来に幻惑されて、方向感覚が狂ったところから問題は生じた。

 マイノリティーの権利を守る運動が、保守2大政党化を狙った小選挙区制に賛成するという珍事を演じてみせたのである。

 今回の参議院選挙で民主党が大きく議席を伸ばした。しかし、これで部落解放運動と、日本における人権諸闘争が、前進するかというと、そうではない。この国の民主勢力(労働者、勤労者を中心にした社会的勢力)が、国会における力を増大させなければ、ものごとは前進をとげない。

 自民党の「譲歩」と見える諸現象は、自己の政権を維持し、再生をはかるためのテクニックに過ぎない。

 徳川封建幕府以来、実に400年の長きにわたって差別され続けてきた被差別民衆に、それが分からずして、何の前進を期待することができようか。

 せめて、この運動の指導部においてその基調をはっきりさせなければならない。「主体の確立」というのは、それである。

「憲法改悪」の動きに対して、部落解放運動の指導部は「ヌエ」的存在として、自己を演出している。その姿は、与党(とりわけ公明党の加憲論に酷似)に喜ばれるものである

 平和と人権はセットであるというのは世界人権宣言の精神である。

 世界人権宣言中央実行委員会の中心メンバーとして、部落解放同盟が動いていることは周知のところである。

 ならば、世界の注視する「憲法9条」の絶対平和主義については、無条件でこれを守り抜く方針を打ち出さなければならない。しかし、自民党をして「憲法9条」に手をつけさせる隙を与える加憲の立場に立っていることは、まことに残念という他はない。

 民主党を主軸とする野党、とりわけその大部隊の民主党が、党内議論として、果たして、絶対平和主義を貫くことができるかどうかである。

 小沢党首は、ひと頃、「普通の国」という言葉を使い、戦争のできる国を提唱していた。いまは、野党色を鮮明にして、自民党を追い込もうとしているから、「改憲」にも「テロ特措法」にも反対で、自民党との間に「時差」が生まれるであろうと予想される。

 しかし、差別に苦しんできた被差別民衆が、日本における支配層、保守層の「正体」をはっきり分析し、且つそれに対する方針を明確にしていくのでなければ、これまでの運動の実績  (部落解放共闘など)などを考えれば、その影響力のマイナスは計り知れない。

 「煩悩具足の凡夫、火宅無常の世界は、よろづのこと、みなもつてそらごとたはこと、まことあることなきに…」(歎異抄)に比喩されている親鸞の  言葉をしっかり味わわねばならない。「主体の確立」のために「同宗連」との付き合いがあることも忘れてはならない。閉塞感を脱却するために、宗教 論にも学びは及ぶわけである。





  『解放新聞広島県版』 2007年8月15日 第1883号