主張 差別思想の恐ろしさ
人間というものは、調子にのると何を言い出すかわからない。
宮沢喜一という人がいた。今は故人となったが、かつて首相を経験し、その後に小渕内閣の蔵相を務めた。
蔵相当時、参議院のドン・村上正邦や小山孝雄らにおだてられ、部落解放同盟広島県連合会を誹謗したことがある。参議院の予算委員会で、小山らの質問に対して「広島県では40年間、たくさんの人がリンチに遭い、職を失いあるいは失望して教職をやめた」と、日共差別キャンペーン張りの答弁をしたのである。
このことを、月間誌『世界』に、魚住昭が「聞き書・村上正邦―日本政治右派の底流」という連載ものの中で書いている。
この魚住は、野中広務の評伝を書いたときには、野中と対立する人物の言い分もある程度は書いている。部落解放同盟筋が「日の丸・君が代」が天皇制イデオロギーを培養する役割を果たしている「カラクリ」について説明しているところも書いている。また、部落出身たる野中が、麻生太郎によってどのように差別されたかということも話題として掲載している。
だが、今回の村上正邦に関わる連載記事では、彼の言い分だけを際立たせて書いている。亀井兄弟との画策や、宮沢喜一の調子張る性格を利用した経緯を克明に、しかも、それが正当であるかのような印象を与えるように筆を運んでいる。村上と小山は「ものつくり大学」に係る汚職事件で罪に問われている。政治家として最も低劣なことをやってのけた人物だが、この事実については、まったく分からないような文章構成になっているのである。
宮沢発言の前に、亀井兄弟と小山孝雄らは共謀して、佐藤泰典という
魚住は「福山では『道徳』の授業がなく『人権学習』の授業がおこなわれていることを佐藤教諭が暴露した」と書いている。いったい、こんなチョコレートを女子生徒に配るような人物に「道徳」を語る資格があるだろうか。
世羅高校の石川校長(当時)が自殺したことについては「県教委と運動側との板ばさみ」というようなことを書いている。しかし、石川校長が自殺したのは、県教委の幹部が自宅へ圧力をかけに来たときである。文筆家だと言うなら、魚住は「板ばさみ」のどちらの「板」に凶器が取りつけてあったのかを見抜かなければならない。
「自民党では、自殺者を出さないために『日の丸・君が代』の法制化を急ごうということになった」とも書いているが、
宮沢喜一は旧広島3区の出身であるが、地元のことは何も知らない。調子張って発言したのである。その彼も、今はこの世の人でなくなった。
村上や小山は「ものつくり大学」の一件で政界から脱落した。佐藤教諭はさきに述べたとおりである。
魚住は、これからどう書くのだろうか。今後の記事に注目したい
『解放新聞広島県版』 2007年9月5日 第1886号