主張 組織強化に向けて活動家の責任は


 かつて、水平社創立準備委員の一人であった米田富さん(元中央本部統制委員長)に、若い活動家が尋ねた。

 「部落完全解放というのは、どういう状況で実現できますか」と。

 米田富さんは答えた。

 「水平社宣言や綱領などの『よき日のために』ということを言っているのだと思うが、被差別部落民が、みんな一つの組織に結集できるような状況だよ」と。

 なかなか、面白い議論だった。いささか、米田さんの答えは「禅問答」のようなところもあるが、「一つの組織に結集できる」ということは、それだけ団結力が培われているということである。

 団結力が培われるということは、その団結を促進し、維持し、さらに高度な質を求める中核的活動家がいなければならない。この活動家のことを、オルガナイザー(組織的活動家という性格の人)と呼ぶ。

 「気に入らぬ風もあろうに柳かな」という句を思いだす。

 組織内の人間の中には、「気がむらな人」もいよう。「我欲な人」もいるだろう。「約束を守らない人」もいるだろう。「私が私がと、出しゃばる人」もいる。

 このような状況に際して、オルガナイザーは、常に全体の組織の動向との関係において、団結を強化するための「安全弁」の役割を果たすものということになる。

 視野が広く、道理を知っていなくてはならない。その道理というのは、封建的な古い常識ではない。単純な「長幼序有り」といった感覚ではない。

 しかし、その古い感覚も考慮に入れて「安全弁」の役割を果たさなければならない。

 その際に新しい人間関係、人権が尊重される人間関係、市民的権利における常識が次第に組織間に広がっていくような基本的な感覚が準備されていなければならない。

 非常に難しいといえば、難しいことである。しかし、このような役割を果たす人が各所に輩出することによって、この組織は守られ、団結は固まっていく。

いまはひと頃のように行政的援助も殆んどない。残ったものは、いざという時、救いあうための「生活援護の砦」としての性格をもった組織である。

 「年金の問題でさしくられている」。「税が苛酷である」「職場で差別され、不利益な目にあわされている」「子どもが不登校になった。どうしようか」

このようなさまざまな相談の受け皿となる組織を必要としている。

 こんな時だから、いよいよ本当の組織運動が必要なのである。

 つい先日の広島県連解放学校における議論は、そこにかなり比重のかかった発言があった。

 広島県連の各組織(支部、地協)に、数人ずつのオルガナイザーがいれば、組織は、被差別の絆もあって他の労組・市民団体よりも、団結力が培われることは必定である。

 大阪、奈良などの不祥事のようなことは、小型版とはいえ、広島県連にも存在する。県連はこれに厳しく対処している。

マスコミが知らぬ顔をしているのは、運動本隊の組織整風の動きに手を貸したくないからである。

  『解放新聞広島県版』 2007年9月12日 第1887号