主張 解放理論「三つの命題」について


  
 

 解放理論「三つの命題」は、ひと頃日本共産党によって歪曲され、「目のかたき」にされた。
 「社会意識としての差別観念」については、「部落民以外は、すべて差別者だと言っている」と解放運動を孤立化させるために宣伝した。
 「部落差別の社会的存在意義」については、身分解放闘争の独自的側面を「階級一元論」で、労働者階級の目くらましをやろうとした。
 1960年綱領の「労働者の解放なくして、部落の解放なし」と謳っているところを悪用し、すべてを階級闘争に埋没させようとしたのである。
 日本共産党は階級的前衛政党としての役割を担っているとうぬぼれていた。
 「三つの命題」は「身分と階級の統一的把握」を訴えているのであるが、そこが充分に理解できていなかったのである。この人たちのセクト主義が、他人の言い分を受けつけないという態度に拍車をかけていた。
 「部落差別の本質」は、「市民的権利が侵害されているところにある」とした第一命題については、市民的権利が保障されていないものは、他にもたくさんいると焦点をぼかすことに躍起となっていた。
 「部落第一主義」とか、「部落排外主義」という宣伝がそれである。
 解放理論は、世界史的視点から近代市民革命が日本において徹底していなかったという具体的な事実をもとに、「部落差別の本質」を、そのように規定したのである。そこに、被差別共同闘争の運動と理論の根拠がある。
 だが、日本共産党は、解放理論「三つの命題」をちゃらかし続けた。部落解放運動は、それにくじけることなく前進し続けた。日本共産党には負けなかった。
 彼らの運動体であった「正常化連」・「全解連」は、差別は解消したとして、団体を解散・改称しなければならなくなった。
 しかし、結局のところ、建前上、市民社会の整合性を唱えるわが国の支配階級は、部落解放運動つぶしの地ならしに、日本共産党の差別キャンペーンをうまく利用したということである。
 どのような社会運動にあっても、そこに参加してくるメンバーの中に、堕落したものが出てくる。部落解放運動も、その例外ではない。近畿各府県の不祥事がそれである。運動の理論的水準が低下すると、運動の精神的基調も狂ってくる。
 水平社以来の崇高な理念も薄らいでくる。支配階級の低劣な誘惑もある。
 機関の大会や集会にも、運動の拡がりに乗じて、支配階級のイデオロギーが入ってくる。運動は、その空気を吸って弱くなる。
 時期を見計らって、「日の丸」「君が代」のように強烈な天皇制イデオロギーの差別を普遍化してくる。広島県連は、この画策を真正面から受けて立った。この困難な時期を支えた理論が「三つの命題」の高い思想性であった。
 残念ながら、全国的には、必ずしもその歩調は一致していなかった。いわゆる総保守化体制の前に、若干のゆらぎがあったことは事実である。
 だが、第65回全国大会の運動方針は「三つの命題」の継承・発展をかかげている。運動の再構築にとって、きわめて大事なことである。