尾道市立高須小学校長「自死」問題関連記事
         (解放新聞広島県版より)

 03年 3月19日  高須小学校校長が自死
 03年 3月26日   超過勤務・休日出勤が常態化
 03年 4月 2日  反省ない県教委・市教委
 03年 4月23日  県教委が中間報告
 03年 4月30日  広教組調査委員会が中間報告
 03年 5月21日  県・市教委が最終報告・広教組は第三者に調査依頼
 03年 5月28日  校長権限は制約されていない
 03年 6月18日  野田正彰教授が雑誌『世界』に論文
 03年 7月 4日  遺族が公務災害認定請求
 03年 7月16日  広教組が最終調査報告書
 03年 8月 6日   尾道で市民集会
 06年 8月23日  主張 公務災害やっと認定
 06年 9月 6日  裁判に勝利するまでたたかう 
 高須小学校事案原告支援集会
   
    
    
    
   
   
   
 
 高須小学校校長が自死        解放新聞広島県版
                           2003年 3月19日 1657号

 「民間人校長」として尾道市立高須小学校に赴任(昨年4月)した慶徳和宏校長が3月9日、校内で自らの命を絶った。

 事態を重視した広教組は11日、県教委に対し抗議と申し入れを行った。

 この中で広教組は、「『民間人校長』を教職や学校運営についての基礎基本の『研修』もなく即教育現場へ赴任させていることに大きな問題がある」と指摘。校長や教職員の勤務実態については、県教委、市教委から年間指導計画や人事評価制度などの課題を次次に迫られ、「激務であったことは想像に難くない」「教職員の勤務実態は極に達していた」と分析。また、赴任間もない昨年5月、慶徳校長が市教委に対し、「病気で休みたい」と申し出たにもかかわらず、これを受け入れなかった県教委、市教委の姿勢についても「民間人校長というメンツにこだわった結果」だと批判している。

 「民間人校長」の登用は、企業の利潤追求、効率優先、競争などの原理を教育に持ち込むため、辰野前教育長らが推し進めたもので、教育関係者の中からは、「丁寧に人を育てていく教育には、企業の効率主義の論理はなじまない点が多い」として当初から批判の声が上がっていた。

 今回の問題をある校長経験者は、「もし校長をしていたときの私に、明日から銀行の支店長を務めろと言われてもできない。その逆のことも同じ。県教委のやり方は無謀としか言いようがない」と語った。

 同和教育を破壊し、差別と選別、進学競争体制へ急速に向かわせようとする県教委の姿勢によって、近年、教職員の病休・病死者、自殺者が急増しており、県教育行政は深刻な反省を迫られる局面を迎えている。

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 超過勤務・休日出勤が常態化   解放新聞広島県版 
                           2003年 3月26日 1658号

 「民間人校長」の慶徳和宏・高須小校長が自殺した問題で、県教委、尾道市教委の責任を追及する声が高まっている。マスコミ各社も「県教委はわずか2日の研修で校長を学校へ送り、未経験の分野でいきなりトップに立たされた校長は着任早々から苦悩しはじめた」3月15日付『朝日新聞』「保護者からは教育に不馴れな校長に対する県教委のフォロー不足を疑問視する声があがっている」3月11日付『読売新聞』「民間登用を今後も続けるには性急に形だけ求めてはならない」3月12日付『中国新聞』等、慶徳校長が自殺に追い込まれた本質に迫る内容を報じている。

また、年間指導計画(シラバス)、教育計画、学校評価、人事評価など各種の報告書作成に加え、一校一研究も盛り込んだ尾道独自の「尾道教育プラン21」などによって忙殺され、超過勤務や休日出勤が当たり前となり、体調不良を訴える教職員が急増、慶徳校長の休日出勤も常態化していた。学校現場が「激務」にさらされていることについて、ある学校関係者は「現場の実態を無視し、功名を求める山崎教育長の姿勢が問題」と言いきった。

ただ、県教委の反動的な一部の議員のなかには、石川校長の自殺の時と同様に、教職員や組合に、責任を転嫁する動きもみられ、県教委が今回も深刻な反省をせず、管理のみを強めることを続ければ、さらに犠牲者が出ると識者は分析している。

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反省ない県教委・市教委       解放新聞広島県版 
                           2003年4月 2日 
1659号

 「民間人校長」の自死で県教委が「見直し」たのは@研修を4日から15日間にする(慶徳校長は2日間)A教頭の2人配置B校長の着任に際し、支援の職員を派遣する――で、教職経験のまったくない民間人(しかも経済界のみから)を安易に登用したことへの反省はまったく見られなかった。また、尾道市教委が原因を調査し、報告書にまとめるのは、死後2か月も経った5月10日で、「県教委や市教委は今回の自死を深刻に受けとめているとは言えない」「市教委は自らの悪さを調査できるのか。公正な調査は期待できない」との声があがっている。

 自死に追い込められた3月9日の直前にはTTをめぐっての市教委の監査(3月6日)、急きょの県教委の監査(3月10日)がつたえられていたこと、他校の校長を講師に行った人事評価制度の研修で、校長がやらなければならないことが強調され、少なからずプレッシャーを感じていたことも明らかになっている。

 世羅高校の石川校長が「サポート」と称して校長宅を訪ねた尾三教育事務所の主幹指導主事が家を離れた直後に自死したケースと類似している。

 「自死を深刻に受けとめていない」にかかわっては、自死した翌日の10日、尾道市内の飲み屋街を深夜11時過ぎ、山崎尾道市教育長が千鳥足で歩いていたとの話もあり、事実の解明が待たれる。

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 県教委が中間報告           解放新聞広島県版 
                           2003年 4月23日 1662号

 尾道市立高須小学校の元校長が自殺した問題で県教委は4月11日、調査の中間結果を発表した。その内容は管理統制の強化によって校長や教職員に激務を強いてきた県教委自らの責任についてはまったく触れず、教職員との対立が自殺の原因であるかのような印象を与えるものだった。

 常盤教育長は記者会見で「尾道市立高須小学校問題について(調査経過の報告)」と題する文書を提示(県教育長のホームページにも掲載)。ところが、常盤教育長はその文書にも書かれていない(書くことができなかった)ことを口頭で説明。その内容は『中国新聞』(4月12日付)記事によると、@昨年5月の運動会で、国旗掲揚と国歌斉唱に一部の教職員から異論が出ていたA元校長の知らない間に、運動会のプログラムから国歌斉唱、国旗掲揚などの開会式の式次第が削られていた――などというもの。

 しかし、これらはまったくの歪曲。@については、「国際化に時代だから国旗を揚げよう」という元校長の提案に対して、2、3人の教職員から「国際化は大事。だからこそわが校には外国籍の子どもたちもいるということを考慮すべき」という意見が出された。それに対する校長の意見もなく、議論はそれで終わった――というのが真実で、こんなことが自殺の原因になるはずもない。Aについては、職員会議で「例年通り」という確認があったので、委員会が招待者用にプログラムを作成し、元校長にも見てもらい発送。それを受け取った尾道市教委からクレームの連絡があったが、その場に居合わせた市教委の指導係長も「もう印刷しているならいいじゃないか」ということで終わった――というのが真相。

 これが真相だからこそ県教委の中間報告にも書けなかったのである。

 常盤教育長は「因果関係は不明」と逃げ道をつくりながら、思わせぶりに「教職員との対立」ということを持ち出して、世論操作をしようしているのである。

 世羅高校元校長の自殺の際は解放同盟と高教組に責任転嫁し、今回は高須小の教職員に責任転嫁しようとしている。これが県教委の常套手段だということがより鮮明になった。

 各方面からも要請が行われているように、公正、中立、透明性が確保できる第三者機関による調査が求められる。

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 広教組調査委員会が中間報告  解放新聞広島県版 
                           2003年 4月30日 1663号

 尾道市立高須小の元校長が自死した問題で広教組は、4月21日、広教組調査委員会がまとめた中間報告を発表した。記者会見をした山今彰委員長は、県教委が11日に中間報告を発表し、記者会見をした常盤教育長が口頭で「元校長と教職員との対立があった」と説明したことに反論。「『文部省是正指導』以降、教職員の病気休職者や精神疾患者が増加。慢性的な過重労働が元校長の『自死』の大きな要因」との認識を示した。

 中間報告ではまず、調査委員会設置理由について、慶徳校長「自死」の真相を究明することによって、学校現場に民主的な運営を取り戻し、子ども達を中心とした教育実践や管理職を含めた教職員が心身ともに健康な状況で勤務できるよう教育行政の改善を図る必要がある、と述べた。

 慶徳校長の勤務・労働状況については、@シラバスや市教委などへの提出書類などが多い上、民間人校長ということで学校行事など学校運営についての知識が少なかった。それを教頭から聞いても時間がかかり、勤務が夜遅くに及ぶことが多く、休日出勤も多かったA1学期に尾道市教委に休みたいと訴えたとき、「あなたの後ろには経済界がついている。がんばってください」と言われ、受け入れてもらえなかったB報告書や提出書類の中身がよく理解できていなかったため、記入方法について教職員から質問されても「私は素人なのでわかりません」という言葉をよく使い、答えられなくてつらそうだった。だから、教職員も質問を遠慮するという雰囲気だった――などと指摘。「教育委員会による研修不足や支援の不十分さが問題だった」とした。

県教委の中間発表については、運動会での国旗掲揚・国歌斉唱の取り扱いをめぐって校長と教職員の間に対立があり、あたかもそれが自死の原因であるかのような発言をしていることを取り上げ、事実と違うと強く批判。

 「運動会のプログラムは職員会議で確認し、すでに学校で印刷し配布されていた。その後、国旗掲揚などがプログラムに入っていないことに校長が気付いた。しかし、尾道市教委から派遣されていた係長が『このままでいきましょう』と発言。その後、『教職員との対立』どころか、この件で職員会議はもたれていない」というのが事実だと指摘した。

 最後に、「事実を隠蔽する県教委に調査資格はない」とし、第三者によって調査されるべきだと指摘した。

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 県・市教委が最終報告        解放新聞広島県版 
                          2003年 5月21日 1665号

 尾道市立高須小の慶徳元校長自死問題で県教委と市教委は5月9日、最終報告を公表した。広教組は同日、記者会見を行い、第三者による客観的な調査が必要だとして、広島弁護士会の山田延広弁護士と精神科医の野田正彰京都女子大教授に調査分析を依頼したと発表した。

 教職員との対立を持ち出す県・市教委

 県教委、市教委の報告では「自殺の原因の特定は困難」とした上で、@研修期間が短かったA病休による教頭不在中の県・市教委の支援が不十分だった――などと一応の反省はしたが、@2人の教頭が相次いで病休になった原因A元校長が就任間もない5月の時点で心労のため休職を求めたにもかかわらず(その後もいろいろな形でSOSのシグナルを発している)、それを許可しなかった理由と責任の所在――など教育行政自らが内省・自省しなければならない点の掘り下げはおこなわれていない。それどころか@教職員との対立A校長権限の職員団体による制約―などを持ち出し、教職員に責任転嫁した上で、「校長権限の強化」をさらに推し進めるとしている。盗人猛々しいとはこのことである。

元校長は子どもたちとの触れあいを大切にした学校を夢みて校長になったが、4月早々から次次と出てくる課題は、一から十まで市教委にお伺いを立てなければならないことばかりで、校長の自主的判断で対処することはできず、想像と現実のギャップを思い知らされた。その様子は両教委報告書自らが自己暴露している。また、両教委が言う「校長権限の強化」とは、実は県教委・市教委・校長・教職員・子ども―という命令と服従による縦関係の強化(教育委員会権限の強化)でしかないことも自己暴露している。

教育現場で自由な議論が行われてこそ、伸び伸びとした学校が実現でき、教職員の病気休職者も減少するはずだが、県教委は元校長の「死」によるメッセージさえ聞き取ろうとはしていない。

 第三者に調査依頼―広教組

一方、同日、記者会見をした広教組(山今彰委員長)は、第三者の専門家による調査を依頼したと発表。その理由について、県教委、市教委から「校長の仕事量と勤務実態を明らかにする資料などの開示」を得て、第三者に調査分析を依頼する予定だったが、両教委とも非協力的な対応が続いているためとした。調査依頼を受けた野田正彰さんは、事件発生直後に高須小に現地入りし、独自に聞き取り調査などをしている。また、元校長の親族からの聞き取りもすでに済ませている。

県・市教委による「ウソ・歪曲・隠蔽」が明らかにされ、真相究明がされることが期待されている。

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 校長権限は制約されていない   解放新聞広島県版 
                           2003年 5月28日 1667号

教職員との関係で校長権限が制約された事実があったのか―。県教委と尾道市教委は、5月9日に公表した高須小・慶徳校長自殺事件の「調査書」で「『制約される状況』を前任の校長が容認したことが自殺した校長の学校運営に支障をきたす一因となった」として前任校長と教職員に自死の責任を転嫁。

 しかし、当の慶徳校長は、校長権限の制約について「ない」と明確に答えていた事実が判明した。これは尾三教育事務所が県情報公開条例に基づいて5月16日に開示した文書で明らかになったもの。

 問題の文書は、「学校運営に係る校長自己診断」と銘打ち、尾三教育事務所が、管内の各校長に「平成13年5月1日から平成14年4月30日までの状況を同年6月17日までに提出を求めたもので、その内容は、「国旗掲揚、国歌斉唱の実施に際し、外部団体や個人からの話し合いや申し入れに対応していないか」など、民主主義の基礎である「話し合い」まで校長に拒否をさせる項目を含む56項目の「診断」。この中で、校長権限に係る3項目(@職員会議の決定が優先し、校長権限が制約される状況はないA公務分掌の決定に関し、校長権限が制約されることはないB校長権限を制約するなど法令等に違反する確認書、協定書など締結してはいない)に対し、赴任後、数か月を経た慶徳校長は、いずれも「はい」と答えており、校長権限制約を自殺の一因とした県教委、市教委の「調査書」の虚偽性が明らかになっている。

行政文書開示請求は、慶徳校長自死直後の3月11日、県連関係者が行ったもので、慶徳校長の自死の背景に県教委や市教委からの膨大な報告書提出要求があり、教育経験のまつたくない慶徳校長にとって内容面、時間的な面において相当、追い詰められる要因になったと判断したからだ。

開示請求した文書は「尾三教育事務所が地教委を通じて小中学校に指示した学校運営にかかわる一切の文書と指示した内容に対する報告書」で、事実、民間人校長が完全に理解するには不可能と思える報告書が多数存在していた。県連は、開示された文書を精査し、問題点を分析することにしている。


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 野田正彰教授が雑誌『世界』に論文 解放新聞広島県版 
                             2003年6月18日 1670号

 「月があけて三月、TT(チームティーチング)の書類づくりなどに忙殺されるなか、慶徳さんは市教委に『四月になったら、家の近くの小規模校に移りたい』と申し入れた。だが、この時も、『あなたは特別、民間から来た校長なので一年で移られては困る。早く成果を出してほしい』と言われた。この種の言葉は、自殺の引き金としてよく見られる。出口のない状況も三月までだと思って耐えていた慶徳さんには、もう一年、この苦しさを耐える力はなかった。」――野田正彰・京都女子大教授(精神病理学)は、今発売中の月刊誌『世界』(7月号)で慶徳校長が死を選んだ直前の状況を前述のように分析した。

 また、慶徳さんが生前、「教育現場は普通では通じない、異常なところ」「教育委員会には何を言っても、せいと言われる」「死ぬまで働けということだね」と訴えていたことも新たな事実として明らかにしている。

 さらに、「勤務のため日中受診の難しいJA総合病院から精神科診療所へ治療医を替え、向精神薬、睡眠導入剤も増量」されていたことも明らかになった。

 野田さんは最後に、「慶徳さんの抑うつ状態を認めず、一年間にわたって苦しめ、死に追いやったのは教育委員会という権力の第一の犯罪、さらに、加害者はあそこにいると印象づける報告書をつくり、『是正指導』という名の教師の抑圧に利用し、遺族の悲哀を歪める行為は、権力の第二次の犯罪である」と指弾。

 精神科医・野田さんが「慶徳さんと親しかった方」からの聞き取りに基づいて「死に追いやった」ものに対する分析は、限りなく真実に迫るものとなっている。

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 遺族が公務災害認定請求      解放新聞広島県版 
                           2003年 7月 2日 1672号 

 高須小学校元校長の慶徳和宏さんの遺族が地方公務員災害補償基金広島県支部審査会(以下「審査会」)に公務災害認定を請求した。

 県教委、尾道市教委は慶徳元校長自死問題について5月9日に最終報告を公表。その報告書や記者会見の中では、自死の原因について「高須小学校教職員との対立」ということを強調。昨年5月13日に慶徳元校長が病院から「うつ」の診断を受け、山ア建郎尾道市教育長に休養願いを出したにもかかわらず、それを認めず「がんばれ」と応対したことの重大性を認めず、慶徳元校長からの休養願いを「情緒不安定」という言葉でごまかした上、その責任を教職員に転嫁していた。

 広教組や尾道市内の市民団体などからは事件発生当初から、このような事実経過を踏まえて、県教委、市教委による調査ではなく第三者機関による公正・公平な調査を要請していたが、両教委ともこれを認めず、「自らに甘く、他者に責任転嫁する」ような「我田引水」の報告書を作成した。

 慶徳元校長自死問題の原因を究明する場が、「審査会」に移ることによって、県、市教委のごまかしは許されなくなる。審査会で公務災害が認められれば、民間人校長を支えられず、自死に追いやった教育委員会側の責任が改めて問われることになる。

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 広教組が最終調査報告書      解放新聞広島県版 
                           2003年 7月16日 1674号

 高須小元校長自死問題で広教組は7月1日、最終の調査結果を発表した。調査報告書で広教組は、慶徳校長が尾道市教委に「うつ病」との診断書を示して休暇を求めたが、休暇を与えず、逆に叱咤激励した上、「口止め」もしていたと指摘。月に150時間に及ぶ長時間の残業など過重勤務も背景にあるとした。また、「教職員との対立」を自殺原因の一つとする県教委・市教委の調査を「ねつ造と事実の歪曲」と批判。県教委に対して「世羅高校校長自殺事件」も含めて第三者機関による徹底的な再調査を求めた。
 

 報告書は、@校長の勤務実態A校長の学校運営B民間人校長制度――についての調査結果を記載。労働問題に詳しい山田延広弁護士と野田正彰京都女子大教授(精神病理学)の分析結果も掲載し、「報告書U」で市教委・県教委の最終報告書の批判・検討も掲載した。

 報告書は、「病気休暇願」について「慶徳校長が昨年5月13日、JA尾道総合病院で中程度のうつ病と診断され、1か月の休養が必要とする診断書を受け取り、市教委に病気休暇を申し出ていた」と指摘。これに対して山ア建郎同市教育長は「あなたの後ろには経済界がついているんですよ」「がんばってください」などと休暇を認めなかったとしている。さらに、同日夜、同市教委幹部は慶徳校長に電話で「病名は秘密扱いに」と口止めもしていた新事実も明らかにした。

 また、市教委最終報告書で教職員による校長の「いじめ」があったとする事例としてあげられていた藤井教頭(昨年5月から病休)の再病休の表現について市教委幹部が重大な訂正をしたことも暴露。慶徳校長が自死をする2日前の3月7日に教職員に「3月11日の朝7時30分に挨拶に来られます」と告げた途端、教職員が「何で来るんですか。来させないでくさい」などと発言し、校長を非難したことになっているが、今年6月16日の市議会総務委員会で誠友会の奥田議員の質問に対して学校教育課長は「発言した教職員は、病気療養中であった藤井教頭が、早朝に来ることや寒い時期でもあったことから、教頭の身体のことを心配しての発言だった」と答弁したことを明らかにし、市教委・県教委の報告書は「ねつ造、わい曲」だと批判した。

 山田弁護士は「慶徳さんに超過勤務を11か月にわたって強制した責任は重大」と指摘。野田教授は「うつ病の治療の基本は休養と薬物療法だ。休養を与えなかった教育委員会の責任は重い」と指摘している。

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尾道で市民集会            解放新聞広島県版 
                          2003年 8月 6日 1677号

 「やっぱり尾道の教育を考えよう市民の集い―高須小問題から見えてくるもの」が7月24日、尾道市公会堂で開かれた。高須小の民間人校長・慶徳和宏さんの「自死」をきっかけに結成された市民グループ「尾道の教育を語る市民連絡会」が主催しての2回目の集会で、県内各地から市民、教育関係者、解放同盟員など約1000人が参加。精神病理学者の野田正彰・京都女子大学教授が講演をした。

 野田教授は、慶徳さんが自死した直後に現地を訪れて、学校やPTA関係者、遺族などに会い、原因調査を行っている。

 講演では、県教委・尾道市教委の報告書は4年前の世羅高校校長自死事件の際に県教委が作成した報告書のコピーであり、「はじめに結論ありき」の政治的で、ずさんなものだと批判。

 「遺族と面会して、私が推測していたことが事実だと確信した」と前置きをした後、具体的な指摘を行った。自死を前にしての子どもたちへのメッセージ「自分を大切にし、自分らしく生きてください」というのは世羅高校校長の時と共通。教育行政が、今の教育現場をいかに自分らしく生きることを困難にさせているかを示していると指摘した。

 民間人校長の登用問題については、病院や新聞社などの例を引きながら、「その分野の素人をトップに置けば、職場が混乱するのは当り前。職業のモラル自体が崩れ、無茶苦茶になる」と県教委を批判。

 慶徳さんについては、「校長になりたかったわけではなく、事務職ぐらいを希望していた。県教委が記者会見で発表する前日に高須小校長への就任が決まり、断りようがなかった」と指摘。その学校は慶徳さんにとって想像を絶するものだったと語り、@月に150時間に及ぶ超過勤務が常態化A尾道市教委が昨年度学校へ通達した文書が1567件、うち約370件について報告を求めていた。尾道教育プラン21についても大量の資料提出などで相当な負担になっていたBその結果、昨年5月に教頭が倒れ、本年2月には2人目の教頭も倒れた――と指摘した。

 自殺の原因については精神科医の立場から分析を加え、「耐えるだけの生活はできない」と昨年5月13日に山崎教育長に届けて市内の病院の精神科で診断を受け、「うつ病」で1か月の休養が必要と診断され、教育長ら5人の市教委幹部に診断書を示して「休暇願」を出した。しかし、市教委は「成果を出してほしい」と休暇を認めなかったばかりか、病気のことはマル秘にするよう指示。年度末近くになって慶徳さんは「この苦しみもあと数日我慢すれば逃れられる」と来年度の転勤決定を指折り数えて待っていたところへ、市教委から「成果をあげずに1年で変わることはできません」と言われ、自死の決定的な引き金になったと、他の過労による自殺の例もあげながら指摘。県教委などが自分たちに都合の悪い事実は隠蔽し、責任を転嫁するために「教職員との対立」をマスコミなどに流した犯罪性も指摘し、「教職員に責任は全くない」と断言した。

 山岡教育次長の自死についても触れ、「不正があった時の中間管理職の死」は極めて日本的で、よくある例だと指摘。「判断を奪われ、出口をふさがれた」と述べた。

 教育全体の問題についても触れ、文科省の上意下達の手法は地方分権にも反するし、教育基本法第2条に明記されている「教員の学問の自由」も侵害していると指摘。子どもたちの状態については、「学力という一面だけによる評価で脅迫を受け続け、社会観が育っておらず、内面が空っぽになっている。その結果、文科省などの意図に反して「『愛国心で固める』こともできなくなっている」と指摘。教職員の状態については、広島県の教職員の早期退職者は全国平均よりも多いことや、「日の丸・君が代」の強制が強まったこの6年間で病気休職者が全国で毎年3040%増えていること、そのほとんどが精神疾患であると説明した。

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